人 間 関 係 に つ い て 3

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【21】

のりを超えない

よりよい人間関係をつくるということは、人と人との間に摩擦の少ない調和に満ちた関係をつくるということだと思います。
どうすれば調和に満ちた関係がつくれるのか、その中のきわめて大切な方法を学習してみます。
いつの時代にも、どこの国にも人々の守るべき道徳の規範が存在します。
今の私たちの社会ではこの〈道徳の規範〉が非常に希薄になったような気がします。


人が人として守るべき規範。何をどう守るのか、それがわからなくなった分、それを唱える人が少なくなった分、私たちの社会が混乱してきているように思えます。
守るべき規範があいまいな為に、あるいはよくわからない為に、今人々の間にギクシャクとした風潮が蔓延している、そう感じます。
人として守るべき規範、例えば盗まないとか嘘をつかないとかいろいろありますが、ここでは人間関係についての大切な規範をとりあげてみたいと思います。


人と人が上手に付き合っていく中で自ずから守らなければならないきまり、手本、これを規範といいます。 子どもは親を立てる、生徒は先生を立てる、妻は夫を立てる、こう書きますと多くの反論が来そうですが・・・。
実はこの親と子、先生と生徒、夫と妻などといった立場による規範、境界がくずれてきたように思えます。
ここに社会全体がギクシャクしてきている原因の一つがあるのじゃないでしょうか。私の言動を振り返っても恥ずかしいかぎりです。


自分が置かれている立場として、守るべき範囲を超えない。
もちろん時には調和を選ぶよりも、毅然として自己主張をすることも大切であることはいうまでもありませんが。
《範を超えない》このことが、人間関係に余計な摩擦をつくらないきわめて大切な要素ではないでしょうか。

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【22】

人の評価は出口できまる

「画龍点晴を欠く」ということわざがありますね。龍の絵を描き上げても眼にひとみを入れないとその絵は完成しないという意味です。
昔の人はうまく表現しますね。この諺は生き方そのものを表しています。
どんなに一生懸命がんばって生きてきても(行動しても)、最後に肝心かんじんなことを欠くと全てが台無しになるという教えです。


人間関係でこのことを考えてみましょう。
人は新しい会社やグループに入るときは、ていねいに自分にとって最高の心がけをして入ります。良く受け入れてもらいたいからですね。でも大切なのはめるときです。
その所属していた所の人たちと止めたあともつながりを持つとかいう場合はさほど問題はないのですが、 私たちの教室のような所は止めたあとは何の関わりも持ちませんので、止めて行く時にその人のありのままの姿が出てきます。なかには人格を疑うような止め方をしていく人もいらっしゃいます。
本人は「もう関係ないからどうてことない」という気持でしょう。でもその人の評価はそこで決まります。


大切なのは私たちの評価より、自分で自分に下す評価です。自分のなかの奥の心、つまり良心の下す評価です
「なーに、あの人は」と人に軽蔑されたり、軽く見られたりする行為は、自己嫌悪や自己不信の種となり、明るい素直な雰囲気が損なわれていきます。
私も数々の失敗をしてきて、やっとそのことに気づきました。ついでに亡くなった人との別れは特に大切です。私には取り返しのつかない失敗があるからよくわかります。


人間関係で大切なのは出会った時よりも、別れる時と言えると思います。そこが人間関係の盲点で、心がけておきたいポイントです。

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【23】

ケチをつける心

「我」の強い人は利己主義になりますが、利己主義の人は人よりも得していたい、人よりも偉くなりたいという気持が強くしてきます。
自分が偉くなるためには人が自分より劣っていなければ偉くなれないわけですから、人の欠点を上手に見つけ出します。人の欠点を見つけ出す天才です。私がそうでしたからよくわかります。
金持を見れば「金があったって」と欠点を捜すし、自分より成績のいい人は嫌いになるし、自分よりエラくなった人には顔も合わさなくなる。そういう嫉妬を起こす心になると、自分が苦しい上に人間関係もうまくいきません。


人が80点なら自分は90点を取ろうと努力するなら素晴らしいけれど、そんな気持でなしに相手の悪いところにケチをつけてやろうと悪口を言うようになります。
かって妻が私に「あなたは人の傷口に指をつっこんでかきまわすような人ね」と言ったことがあります。
そうなるともう駄目です。すばらしい人生は展開してきません。類は類を呼ぶでまわりには同じようなロクでもない人ばかりになります。


結局弱さです。弱いから利己主義になります。人と平等の高さまで心が至っていないからです。自分を変えましょう。価値観を変えればいいのです。人の価値は勝ち負けではないのです。
眼に見えるもの(お金や、学歴や、名誉や、地位など)、そんなもので自分を苦しめ、自分を狭い世界に閉じ込めるのはバカらしいことに気づきましょう。 もちろん必要なものではありますが、それが目的ではありません。手段の一つにしかすぎません。
ほんとうに価値あるもの(愛や、知恵や、信頼、勇気、強さなど)、こちら側へシフトしましょう。
まづ、人に親切にし、人の役に立つ悦びを知ることが近道だと思います。

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【24】

そのままを受け入れる心

私たちにとって一番むずかしいのは、全てを受け容れるということかも知れません。良き人も、そうでない人も、良きことも、そうでないことも。
私など特にそうです。自分にとって都合のいい人だけ受け容れる。
人間関係において私たちが目指すべき方向、学ぶべきことは、この一点かもわかりませんね。
少々きついことを言われたからとて、変な態度をとられたからとてギクシャクしないでそれを受け容れる。受け容れるということには許すということも含まれますね。


この受け容れる器の大きい人が大きな心をもった人ですし、小さな心の人が人間関係においても狭い世界に住むことになりますね。
器が小さいですと入ってくる量も少ないのですから、いろんなチャンスや悦びとの出会いも少なくなります。こう考えてきますと、他を受け容れる心の小さい人は大変な損をしていることに気がつきます。人生を損しているといっても過言ではないですね。
とは言ってもなんでもかんでも許し、受け入れていたのでは社会や人間関係の規律が保てませんね。毅然とするところは毅然と拒否する。受け容れるところと拒否するこの狭間が生きていく妙味かもしれません。


また受け容れるというのは、立派なものは立派なものとして、立派でないものは立派でないものとして、善きことは善きこととして、悪しきことは悪しきこととして正直に一切のものをそのまま受け容れる心持でもあります。立派な中に少々の欠点を見出す、これが素直でないという心持ではないでしょうか。
人間もひねくれてきますと、そのままが受け入れられなくなります。ひっくり返してアラを捜したりします。


そのままを受け容れる人は素直な人ですからはたから見てても気持のいい人ですし、幼な児がかわいらしく気持いいのはこの素直な美徳をもっているからですよね。
人の気持に合わせて自分の気持を殺す、これも素直ではないですね。無理があります。素直とは自分の気持もそのまま受け容れる。人間関係にとって素直になることが一番必要ではないでしょうか

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【25】

欠点と人間関係

人間関係に支障をきたす大きな要因の一つに、相手の欠点や自分の欠点があります。特に親密になればなるだけ「あの欠点がなければ、もっと好きになれるのに」と思ったりします。また、「私のこの欠点で、あの人に負担をかけているのじゃないかしら」 「この欠点でみんなに嫌われている」などと思いを巡らします。


私たちが生きていくうえで、この欠点をどう取り扱うかがとても大切です。人には欠点とは裏腹に長所もあります。欠点だけの人もいませんし、長所だけの人もいません。実は欠点も 長所も表裏一体自分そのものなのです。
明るく自信を持って生きてきた部分が長所となり、ネガティブに抱え込んで生きてきた部分が欠点と現われている側面もあるのです。


よく「私を愛しているなら、彼は変わるべきだ」という思いを持つ人もいます。しかし欠点を 変えるということは、いままでの人生を否定することをも意味します。つまり欠点を否定するということは、その人そのものを否定するということにもなりかねません。


欠点は現われている事象の奥に、その人の心の傷や、落胆などが隠されているかも知れないのです。 不用意に欠点を取り除こうとして、心に抑圧をかけると新たなストレスがその人を苦しめます。特に子どもを良くしたい思いで、その子の欠点を強く指摘することはいい結果を出すとは思えません。
その人のそのままを受け入れる努力が、親しい人間関係を作っていくうえで大切 です。そして欠点の奥に横たわる何かを明らかにしたり、自信に変える努力が明るい方向へ導いていくのではないでしょうか。

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【26】

孤独と親密さ

人間関係において、孤独と親密さは相反するものであり、夫婦や親友、恋人の間にあっては孤独はあるべきではないと考えがちです。しかし親密さだけですと人は不自由なのです。たとえ親子でもいつもべったり関わりを持っていますとそこから逃げ出したくなります。


人には孤独や自由を味わうことも必要です。
ごく親しい人との間では、いつも親密でいたいと願うものなのですが、親密さを求めるだけですと、二人の間に歪みを起こします。大切なことなのですが、私たちは自分一人だけの心の場所を持っているからこそ、一方に親密さが生まれてくると言われています。孤独と親密さ、この両極端を自分の中に育てて、その間を自由に 行ったり来たりすることで、二人の関わりは健全となり、安心して親密な人間関係が維持できるように思えます。


親友や恋人、夫婦あるいは親子といった人間関係ではどちらか一方が寄りかかり、自分だけの所属にしておきたいという気持を起こしやすいのですが、こうしたあり方はアンバランスを生じさせます。
アンバランスを修正しようとして、それによって二人の間に衝突が起こります。大切なのは、どんなに親しくても人にはそれぞれ自分だけの居場所も必要なのだということを理解することのように思えます。

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【27】

人間に現われる二面性

人間関係には二つの側面が現われることに注意する必要があります。正しさと歪み、あるいは純粋さと混乱といった二面性です。
例えば真面目で働き者であるのに、なぜか人を見下している人。そのままで能力もあるのに、人にどう思われるか気にしてばかりいる人。実はこの二面性が人間関係に葛藤を創り出しています。 人はこの歪み、混乱の部分で自分を苦しめたり、人間関係においては相手に不快感を与えたりしています。


この歪み、混乱といった部分は、幼い頃からの成長過程で身につけた、傷とか弱さから自分を守るために振舞っている部分ですから、誰でも大なり小なり抱えています。
私たちはこの歪みや混乱している部分に関わりを持ったとき、いたくその人を嫌になり非難します。でもここが大切なのです。その人の表れている姿だけをとらえて見ていると、なかなか人間関係は善くならないのです。


人は混乱して歪んだ行為や言動をしているようでも、その奥には隠された衝動があるものです。 人を見下すことで自分を大きく見せようとしている人の内面は、自分の能力や知識の乏しいことにコンプレックスを抱えていて、それを隠そうとすることによって自分を守っている姿でもあるのです。
またまわりを自分の思い通りにしようとする人は、幼い頃親の思い通りにさせられていたことへの反発として、 「私を思い通りにさせるものか」という心の衝動でもあります。


こうした歪みや混乱として現われている面の奥に思いやりを持つことが、人間関係の葛藤を解く糸口です。人としての目覚めです。

上の写真は【自然悠悠】さんからお借りしました。

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Copyright (C) SEIWA Kawakami All Rights Reserved /2008 3 10 更新
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