会社勤めにとって何がつらいかというとイヤな上司のもとで働くことですね。
人間関係のなかで最もつらく嫌なことのひとつではないでしょうか。イヤな友達だったら会わなきゃいいですし、イヤな夫や妻だったら喧嘩でも話し合いでもすればいいんですが、
相手が会社の上役となるとやっかいです。 明るく寛大な人柄の上司なら少々のトラブルもなんなく処理してくれるでしょうし、こちらの不満もぶつけやすいのですが、やっかいなのは人間的に
できていない人ですね。  几帳面で仕事一筋、融通のきかない人が上司ですと最悪です。こういう人にとっては、人間関係とか部下と心を通わせるなどということには関心もなく、ただ会社の組織やルールのことにしか
気がまわりません。 こういう人はいつも話しが一方的で、「なんてこの人には話しが通じないんだろう」と思ってしまいますし、どんなにていねいに話しても、なぜかかみ合わずイライラしてしまいます。
あなたは上司だから人の話を聞いてくれるだろうと思っていませんか。人もみな自分と同じようなものだと思っていませんか。
実はそこにあなたのいらだちと怒りが収まらない原因があります。敵はあなたとははなから違う人の場合が多いのです。
そういう上役の中には、人と表面的なつき合いしか出来ない人がいます。人とコミュニケーションすることにもあまり関心のない人なのです。ただ仕事に専念していればいいだけの人です。
ですから 相手の立場でものを考えるなんてとても苦手な人なのです。そのくせ、自分の主張こそ正当だと信じていますから話はかみ合いません。
そこのところを理解すれば、 そういう上役には期待しないで、表面的に上手に付き合っていればいいということがわかります。
もうひとつやっかいな上役がいます。部下に意地悪をしたり、いびったりする上役です。
無意識的に能力のある部下に冷たく当たり、評価をしない上役がいます。そのくせ自分より出来ない部下には人あたりが良くていい上役ぶりを見せます。
つまりコンプレックスの強い人です。また、親から否定的に育てられたり、逆にガミガミと支配的に育てられた人に多いと言われています。
こういう人は自己中心的で温かみがありません。 結局まともに取り合わないか、人生勉強をさせてもらっているぐらいに考えて付き合うしかありません。
実のところこのようなイヤな上役は人生の悦びを知らない不幸な人なのです。
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人間関係の中でもやっかいなのは、上役とのトラブル同様同僚とのトラブルもそうですね。
友達関係ですと自分で選択をしますので、イヤなら付き合わなければいいだけのことですが、同僚となるとそういうわけにはいきません。しかもほぼ毎日顔を合わせますのでやっかいです。
同僚ですと友達と違ってどうしても表面的な関わり方ですので、深く理解し合うことは余りありません。そのためか嫌になればその人の欠点ばかり目につくようになり、自分では「相性が合わない」と思ってしまいます。
なぜか人は他(ひと)の欠点がよく目につき許せなくなります。自分にもたくさん欠点があるのに。なぜでしょうか?
 人は自分の欠点を見せつけられるのは嫌ですから、自分に似た欠点を持つ人を無意識に嫌うと言われています。欠点というより醜さです。
もうひとつ私が思うのに自分がやりたくても出来ないことを、相手がやっているのに反発をしている面もあるのじゃないかと思えます。 他(ひと)に気を使うこともなしに自分のことしか考えず行動をしている人をみると腹が立ちますが、実は自分には出来ないからかも知れません。
そういう人はなぜ自分が嫌われているのかもわからないでしょうし、嫌われていること自体気がついていないのかもしれません。こういう人に結構不愉快な思いをさせられます。
人は自分の考え方や見方で判断していますので、自分に理解できない人を嫌うし、「相性が悪い」と言っているのかも知れません。 大切なのは、人は自分とは同じではないということを知ることではないでしょうか。
自分は普通におつき合いをしたいし、トラブルなどしたくないから、みんなも同じはずだ、と思っているから理解出来ない人に出会うと不安になり、腹が立つことになります。
人と調和することなど無関心な人に調和を求めていることになります。 もうひとつ人間関係をむずかしくしている原因に、人それぞれ幼い頃からの育った過程が違うということがあります。
あたたかい家庭で過ごした人ばかりとは限りません。はた目にはわからないトラウマを抱えて生きている人もたくさんいます。そのため無意識的に人づき合いに障害を起こしている場合もあるでしょう。
幸せそうな人を見るとムカつくとか、いつも怒りがたまっていてちょっとしたことでイラつくとか。また、幼児期に親からかわいがられないで育った女性は、楽しそうな女性に嫉妬をしていじわるをするとか。
目前のささいな出来事だけにトラブルの原因を探しても理解出来ないからいっそう感情的になったりします。 人はもともと完璧ではないんです。欠点だらけで当たり前、そのために学び、苦しみ進歩しようとしています。職場の人間関係もそのための学びの場として受け止めてみませんか。
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職場の人間関係でつらくイヤなことの一つに、人に使われるということがあります。  好きな人や気の合う人、人間的に出来ている人に使われるのならいいのですが、イヤな人であったりすると最悪です。下手をするとこれが職場を止める理由にもなりかねません。でも多くの場合そう簡単には止められません。
こうした自分で避けることの出来ないつらさは精神的に大きな負担になります。大抵の人は職場での気分を家庭まで引きずって帰りますので、その被害は決して軽くはありません。 一番望まれるのは、どこの職場にも人間関係のカウンセラーを置いて対応してくれればいいのですが。
現状では、やはり自分で対処していく他ありません。 『 使われる鍵は常に光っている』これはベンジャミン・フランクリンの言葉です。人に使われない鍵は鈍い色をしています。ここにこうした人間関係を解決するカギがあります。 こうしたつらい人間関係は自分の人生に常についてまわります。社会に出なくて家庭にいればいいと思っても、なかにはもっとつらい嫁姑という人間関係に悩まされたりもします。
結局逃げないことです。人間関係は常に学びです。対処の仕方を身につけることがつらさ、苦しみから解放される近道だと思います。 先ず、イヤだイヤだと思い、相手を非難し、相手の悪いところばかりを捜すのを止めるようにしましょう。否定的な考えでいると解決どころか泥沼へ入り込みます。 積極的に「よし、何でも来い」というような気持で困難やつらさを受け入れると、以外とたいした問題ではないものです。
何かで読んだことがあるのですが、私たちの魂は人から使われることによって発展するそうです。その使われ方がきつければきついほど一層発展するわけですね。 あの『使われる鍵は常に光っている』という言葉も、安易をむさぼるなという教訓でしょう。結局、生きることはどんな場でも自分を高めていく作業場だということではないでしょうか。
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職場のなかでもパート先の職場は、人間関係という点では少し厳しい所のような気がします。まずパートの職場はいかなる職場かを理解しておく必要があると思います。  自分がかって正社員として働いていた職場と同じ感覚でパートの職場をとらえることは間違っていると思えるからです。
パートの仕事は、どんなに仕事ができる人も、あまり仕事の出来ない人も、新人もたいして賃金は変わらないという特徴があります。さらに仕事上の権限も確かな地位として与えられていないのも特徴です。その上会社からもそんなに評価はされないのです。そこに一般社員と違い、
パートとして働く人たちの不満がうっ積しているのではないでしょうか。また正社員との差別感もあります。 いじめや嫌がらせ、いがみ合いはどこから来るかと言いますと、不平不満の多いところから派生してきます。人は自分の心の中の不満やイライラを外へはき出して、心を安定させようとします。
パート先の職場はそうした点で感情のぶつかりやすい場であると言えます。こうしたパート先の職場の特性を心得て働くことが、まず第一に大切な対処法です。 このやっかいな職場での人間関係にどう対処するかという問題は、とても大きくて小手先で対処できる問題ではありません。
こうした職場で心穏やかに、平常心で働くには自分が変わらない限り根本的には解決しません。自分の心のあり方を変えて大きく成長することが唯一解決への道です。
自分に対して悪く現われている人を自分も心で嫌い、裁いているかぎり悪循環が続きどこどこまでも心が休まりません。心の眼で相手のいいところも認める努力をして、そのいいところを第三者にでも語るのです。自分の相手を観る心が次第にでも変われば、やがて相手も変わります。昔から立ち向かう人の姿は自分の心の影だと言われて
います。 ゲーテ語録に「友人の欠点を数えたがる人があるが、そんなことをしても何ら得る所はあるまい。私は常に私の反対者の長所に注意を払ってきて私益を得ている」という言葉があります。これこそすべての人間関係に調和をもたせる鍵ではないでしょうか。パート先の職場はまさに自分を磨き、向上させる場であると捉えましょう。
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誰でも職場での不快な思いやトラブルの経験は一度や二度はありますでしょう。しかし職場でのトラブルがよく起こるという人の場合は、なぜ自分にこうしたトラブルがよく起きるのかを考えて見る必要があります。
だれでも自分の立場で出来事を見ますから、そう自分に問題があるとは思えません。どうしても相手に問題があるように見えるのです。そのためトラブルの相手の欠点が大きく目につき、その人を嫌いになります。 
しかし人間関係の根本は『すべての現われは自分の心の影である』という視点に立って考えてみる必要があります。自分と相手との相互作用で現われ(出来事)が起こるのですが、自分の身に起こることの原因は自分の心から出している波動(心の波)が
すべての元であると知るべきです。 出来事の発端は相手の人が起したようでも、自分の心にそれに反応する心があるから相手とのトラブルという相互作用が起こるわけです。簡単に言いますと自分の心にトラブルを起こす、あるいは巻き込まれる
心の波動を持っていたということになります。これが『すべての現われは自分の心の影である』ということの意味でもあります。自分の心にないことには相互作用も起こりません。
人間関係のトラブルの多い人は、自分の心の中で誰かを恨んでいるとか、潜在的に人を憎んでいるとかしていませんか。こうした人を嫌い憎み恨むといった心は人とのトラブルを誘発する心の波動です。 自分の潜在意識にこうした心の波動を抱えていますと、
トラブルを自分で引き寄せるという働きをします。例えば、自分の父を恨むというような心を潜在的に持っていますと、上司とか目上の人との関係がしっくりいきません。上司などとしょっちゅう喧嘩をしたりします。
職場などでのトラブルの多い人は、自分では意識していない心の奥まで検証してみることが大切です。そして許すとか感謝とかの心を出して、大元の心を解消していく必要があります。
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人の名前を「さん」で呼ぶか「くん」で呼ぶかは人間関係に少なからぬ影響を与えています。「くん」という呼び方には相手を目下の者と見ている感じを伴います。 私たちの時代には女子生徒が男子生徒を「くん」で呼ぶなどということはなかったのですが、いつの頃からかそうなっていますね。
これなども女性の立場が強くなってきた要因の一つかも知れません。私などの時代に女子生徒に「くん」づけで名前を呼ばれたら、愛嬌を感じたにしても、不愉快であったろうと思います。  職場においての名前の呼び方は、役職や社歴、学歴、先輩後輩といった要素がからみますから、
人間関係に、そして人の感情にかなりの影響があります。 昔、昭和の時代のことですが、東京の銀座にある大手の会社の営業職A(当時30歳)は、同僚のBさん(当時27歳)と酒に酔って口論となり、殴って死亡させた事件がありました。 口論の原因は「B君は私より年下なのに、私を
くん付けで呼ぶ。注意しても聞かなかったものですから」だったそうです。 殺されたBさんは、大学卒業と同時にその会社に入社し、加害者のAは、二つの会社を転職しBさんより3年遅れで入社したのでした。殺されたBさんは「ここ(会社)では、Aより3年半も先輩だ」という気持を
持っていて、職場では当然のように「Aくん」と呼んでいた。Aは普段からそのことを快く思っていなくて、酒を飲んだときにBさんにそのことを注意した。が、Bさんは逆に「A,A」と呼び捨てにしたうえ、「あんたは遅れて入社したんだからいいじゃないか」と開き直ったため、Aはついに
怒りを爆発させてBさんの顔面を殴って死亡させた。これが事件の動機です。 女性の呼び方は「さん」でほぼ統一されていますから、名前の呼ばれ方での人間関係での感情的なもつれはあまりないのでしょうが、男性への「くん」付けにはよほどの注意が必要です。 確かに年長者の人が若い上司に
「○○くん」と呼ばれると、内心いい思いがしないに違いありません。ましてや通勤途中など会社の外でも「くん」呼ばわりされると、かなり心が傷つくのではないでしょうか。 自分の年齢より上の人には、たとい部下であっても「さん」、自分より年下の人に「くん」と呼ぶようにするとか、
いっそのこと全ての人を「さん」付けで呼ぶようにすれば、余計な気遣いがなくなり、職場の円滑な人間関係に役立つのではと思います。
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 上役へおべっかを使っている人を見かけるとあまりいい感じがしませんね。 私などはそれが嫌で逆にことさら上役に反逆したものでした。それが男らしいと思っていたからです。
結果、会社に居りづらくなって転職を繰り返すはめになりました。私がいることが会社に不調和な雰囲気をつくるからです。
へつらいやごますりもいい感じはしないのですが、強がりな態度も同じです。 実力があって仕事の出来る人の 陥るワナです。 阿諛追従する人を仕事の出来ない人と見ているから、その逆をしているとも言えます。
実力があるのに出世しない人、力がわざわいしているのです。 職場では働くこと、仕事することだけでは駄目なのです。職場の人たちと調和すること、それも同じくらい大切なことだったのです。
あの人がいるだけで職場が楽しく和やかだという人は、眼には見えないけど大変職場の役に立っていますね。 阿諛追従ではなくて、人を喜ばす技巧を見につけることは決して悪いことではありません。
仕事一点張りで余裕のない人は出世しにくいかも知れません。 上役やまわりの人と調和する心がけ、これも大切な人間関係のひとつです。
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いかなる人間関係においても様々な軋轢を生んでいるのは、一人々のコンプレックスです。ここでは職場の人間関係におけるコンプレックスの影響を取り上げてみます。  職場における陰湿な人間関係の大きな一つに、仕事の出来る人があまり仕事の出来ない人を責めたりするいじめの問題があります。この問題の本質は、
自分のコンプレックスや自信の無さを、弱者に向けて転化しているところにあります。ほんとうに仕事ができる有能な人は気持にゆとりがありますから、仕事の出来ない人をバカになどはしません。 多くの人は、心の中に痛々しさと悲しさそして虚しさなどの自己否定的な面を抱えています。それは幼児から成長期にかけて
伸び伸びとした自己の才能が開く可能性を抑圧してしまうのを何度か体験してきているからです。これが多くの人のコンプレックスとなって無意識の世界に横たわっています。 その一方で私たちは競争社会の中で生きていますので、負けられない自分、有能な自分をも創り上げています。 「自分は有能なのだ」という思いの殻の中に自分を閉じ込めることで、
心の深くにあるコンプレックスから自己防衛をしているのです。 自分が有能であることを認識するためには、自分より仕事の出来ない人を見下げる必要があるのです。見下げられた人が仕事ができるようになると同じことを繰り返していきます。これが職場によくある陰湿な人間関係です。 早く自分の心のカラクリに気がつくことが大切です。
こうした人間性は愛や明るさのない状態ですから、両者ともにつらく息苦しいのです。 しかし、上司の中に力強い人格者がいると、その人の影響でそうした暗い面は抑えられ明るい職場が現われてきます。
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